2007年07月31日
ピースTシャツデザインコンテスト
このblogを開設してから、いろんな方より励ましのお頼りをいただいています。
「ぴーすあーとどっと9」のとりくみも、そのお頼りを通じて教えていただきました。
「平和や憲法九条への想いをアートで表現しませんか」と呼びかけたところ、百数十点もの作品が国内外から寄せられました。その模様をホームページで紹介されています。
ぱっと見て、クォリティが高そうだと思いました。「沖縄コーナー」もあります。行ってみたかったな。
絵画、書道、写真、その他様々な表現のアート作品とともに、「ピースTシャツコンテスト」も開催されました。最優秀賞に輝いた高校生の作品が、実際に製品化されています。

※写真は“ぴーすあーとどっと9”のホームページから転載させていただきました。
http://peaceartdot9.fc2web.com/plat4.html
「ぴーすあーとどっと9」のとりくみも、そのお頼りを通じて教えていただきました。
「平和や憲法九条への想いをアートで表現しませんか」と呼びかけたところ、百数十点もの作品が国内外から寄せられました。その模様をホームページで紹介されています。
ぱっと見て、クォリティが高そうだと思いました。「沖縄コーナー」もあります。行ってみたかったな。
絵画、書道、写真、その他様々な表現のアート作品とともに、「ピースTシャツコンテスト」も開催されました。最優秀賞に輝いた高校生の作品が、実際に製品化されています。

※写真は“ぴーすあーとどっと9”のホームページから転載させていただきました。
http://peaceartdot9.fc2web.com/plat4.html
2007年07月09日
いろんな9条Tシャツみ~つけた Ⅱ
☆限定50着Tシャツ

関西のある短大生が作りました。50着限定だそうですが、ちっちゃい学校なので注目度大です。
残念ながら非売品。
☆福祉保育労青年部準備会 オリジナルTシャツ第3弾「ぴーすT。」


福祉保育労青年部(準)さんのTシャツ。デザインは公募だそうです。ステキですね。

関西のある短大生が作りました。50着限定だそうですが、ちっちゃい学校なので注目度大です。
残念ながら非売品。
☆福祉保育労青年部準備会 オリジナルTシャツ第3弾「ぴーすT。」


福祉保育労青年部(準)さんのTシャツ。デザインは公募だそうです。ステキですね。
2007年07月04日
究極の選択
■3年後に「究極の選択」が……
「ウンコ味のカレーと、カレー味のウンコ、食べるとしたらどちがいい?」
なんていう、おぞましくて理不尽な選択を迫られたことが、子どもの頃、一度や二度ありませんでした?
どっちもごめんに決まってるのに、なぜあんなに熱く追及されたのだろう。
ところでウンコはトイレに流せるが、一生俺たちにかかわり合いのある「究極の選択」を迫る法律ができた。
3年後の2010年に、「憲法」をかえるか、かえないかという選択を、日本国民に迫る法律が誕生した。そして、この選択は18歳以上の国民ならだれでも対象になる。
えっ…いきなり何? と思わず、がんばって最後まで読んでね。
ケ・ン・ポ・ウ……少林寺ではない。K-1とどっちが強いかって、う~ん、次元が違う。勝負にならんほど憲法が偉大だ。
いまこのblogをご覧になっているあなた。わざわざ、こんなところまで見にきていただき感謝に耐えません。心を込めて、お疲れさま。
■日常のなかで、選ぶ・決めるということ
俺らは、若い。当分この世を生きていく。
いつも、好きな服を着たり好きなアクセを身につけたり、好きなものを作って食べたいように、仕事も本当に自分の力が発揮できてやりがいのあることをしたいし、恋愛だって自分のことを分かってくれる人と付き合いたい。大事なことは、自分で選択、決断していくことで、気付けば当たり前のようにそれを実行していると思う。
もちろん、信頼する友人や先輩、家族の意見を聞くこともあるし、ネットや本で情報を探すこともある。でもそれはあくまで参考にし、自分の考えを確かめるためであって、決して人任せにするのではない。なぜこんなに自分でものごとを選んで判断したり、決断を下したりするかというと、もっともっとより良い自分を目指しているからだ。
進路・収入・パートナーといった、極めて現実的なことから、好み・主観に関することまで。また、例えば自分に自信を持たせたいなら、腹筋を鍛えたり度胸をつけようとしたり、その方法や時間の使い方、過ごす場所まで。いちいち確認するもの面倒なくらい、当たり前のことだけど、毎日毎日、俺らは自分自身の幸せのために、最善を求めて決断し続けている。
これは、大事でしょう。
俺はこれを権利として、「自己選択権」とか、「自己決定権」と名付けたい。自己実現と近い考えでもあるだろう。どうですか、環境権とかプライバシーの権利というのももちろん重要。ただし、もっとずっと身近な権利だと思う。日本国憲法には、さすがにそんな細かいことまで書いてないっておもうかな? あれっ、もしかして「基本的人権」ってやつが近そうだ、そう思う人はなかなか勉強してますね。「幸福追求の権利」を知っているあなた、どうぞ日本の未来をしょってください。
■日本国憲法のなかにある「個人の尊重」の意味(超重要)
そしてさらにもっとぴったりなものがある。日本国憲法第13条「個人の尊重」がそれだ。
『すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利は、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする。(第13条全文)』
「個人の尊重」とは、どういう意味だろう。それは、『国民一人ひとりを、独立した一個人として尊重し、その価値を最大限に評価しようという個人主義の考え方(by伊藤真)』だ。
分かります? これは、繰り返しになるけど、自分を大切にする、幸せを追求するために、そのおおもととなる「自分自身の存在そのものと、自分自身の考え」が尊重されるという意味なんだ。
(ちょっと脱線するけれど、意外と、自分で自分を尊重できないことが多かったりする。目標が見つからなかったり定まらなかったりしてふらふらしたり、努力がキツくって妥協していたり。さらには、自分で自分をけなしたり、傷つけたり。これはこれで、深い問題だけど、また別の機会に書くとしよう。)
これだけ「個人」「個人」と連発すると、ちょっと不満に思う人もいるかもしれない。まあ、俺らの世代は、何事も「みんなと一緒」の規則に慣れてしまったり、目立つとハブにされたり損することも目の当たりにしてきた。
また、年配のおっちゃんらはそんなんで「集団生活」や「社会性」が保たれるんかと、眉間に皺寄せてないだろうか。そんなんしてると、顔がきつくなるで、ニヤケ笑いましょう。(おっちゃんとひとくくりにしてゴメンなさい)
一番憲法をかえたがっている方々は、「行き過ぎた利己主義的風潮を戒める必要がある(by自民党)」、と鼻息を荒くしている。
きっと、「そうだ」とうなずくようなおっちゃんらは、深夜コンビニでたむろするワカモンを見たりしてそう思うんだろうか。だったら一緒にウンコ座りして話しかけてみるのもあり。
ここで、しっかりとしっかりしっかり確認しておきたい。
憲法13条「個人の尊重」というのは、『国民全員すべて個人として尊重するからこそ、誰に対する不当な人権侵害も許されない。すべての個人は平等であり、誰もが生まれながらにして至高の価値を持っているのだから、他人を犠牲にして一方的に自分の利益を主張したり(利己主義)、<国家や社会(公益)のため>という名目で、特定の個人がないがしろにされるようなこと(全体主義)は決して許してはならない(by伊藤真)』 そういう意味なんだ!
つまり、「誰もが個人として平等に尊重される」ことと、「利己主義や全体主義を認めない」ことが、両立されている価値観であって、さらに深めていくと『一人ひとりを人間としての価値において対等に扱う、つまり<皆同じである>という考えと、一人ひとりは個性を持った二人といない存在であり<皆違う>という、一見すると矛盾するような内容をあわせ持っている(by伊藤真)』という価値観なんだ!!
はーい! ここ重要。できれば3回読んで、マーカーで線引っ張って。
根本的に言うと、『一人ひとり違っていてあたりまえなのだから、他人と同じ生き方をする必要はないし、一人ひとりの幸せは自分自身できめるべき。自分の幸せは自分で定義すべき(by伊藤真)』ということなんです!!!
自民党などの言う「基本的人権が、行き過ぎた利己主義」いうのは、言いがかりではないか。これこそ本来の「個人の尊重」の意味であり、さらには現行の憲法全体に貫かれている精神なのだ。いまの憲法って本当にすごいんだね。
■例えば、こんなところに「個人の尊重」の成果が
一つだけ例をあげると、もっとも著しく関係する分野が、「スポーツ」やと思う。スポーツをする人たちは皆、身体的特徴も異なるし、受けてきた練習方法や積んできた経験も違う。
そこに、画一的な指導を当てはめるようなコーチがいたら、ちょっとどうかな、と思うでしょう。ましてや、髪型をボーズにしないとレギュラー外すなんて言われたら、もうアカン、おかしくてやってられない。
本当に実力をつけるなら、一人ひとりの到達点と課題を認識して、目標を持って、科学的な根拠に基づいて必要なメニューを作り、自己管理をしながらトレーニングを積んでいく。
チームプレーのスポーツなら、先ず一人ひとりの得意分野を伸ばすことと、そしてコミュニケーションを深めて組織プレーを有効にしていく。まさしく「個と組織」双方の尊重が試されることになる。
これは、企業で働くサラリーマンにも言えることだと思う。利益を追及する資本主義のなかであっても、注目されるべき価値観であると思う。
■どのような「憲法改正(新憲法)」にされようとしているか、選択・判断のポイント
いま、「憲法改正」すべきか、今回のような内容の改憲案には“反対”かで、議論になっている。すでに目前の3年後に国会で「改正の発議」を可能にする法律までできている。
様々な「改憲案」のなかに「自衛隊」の問題が含まれている。つまり、自衛隊が「軍隊」として、海外で武力行使をできるようにするとか、様々な内容が提示されている。
このように、選択し判断するポイントはたくさんあるんだけど、俺らが最も強調したいことは、さんざん言ってきた「個人の尊重」が、引き続き価値として生きるのかそれとも死ぬかということだ。
自民党は、いろんな理由を並べ立てているけど、ぶっちゃけ本命は「国と国民の関係をはっきりさせるべき(by自民党)」という執念だ。自民党が狙うのは「国民のための政治」をやめて、「国のための政治」をすることだ。だから、「憲法が正反対の意味に解釈されることがあってはならない(by自民党)」と強い意志をむき出してるのだ。
結論からいうと、自民党の改憲案、というより自民党は「正しく改める」つもりはないようで、別物を作るつもりなのか「新憲法草案」を発表している。この自民党案では、「個人の尊重」という価値観を軽視され、国民より「国家」がエライという内容に、地位を逆転されてしまっていると思う。もしそうなったら、「国益ですから」という決め台詞が多くなるだろうな。
俺らは、必ずしも現行の憲法が、一番良くできているとか、「永遠に不滅です」とは思っていない。しかしこれまでに、自民党や財界、日本青年会議所など様々なところから提示されている「改憲後の日本」を並べて比較してみると、現在の日本が一番ましだと思う。
最後に、憲法9条の価値について言いたい。戦争放棄というんは、「人の生命を犠牲にまでして、一方的に自分(国)の利益を主張したり『国家や社会のため』という名目で、個人がないがしろにされるようなことは決して許してはならない」という理念を達成するための手段なのだ。ましてや「平和維持」を口実に、紛争を武力で解決ようとしてはならないし、他国民の生命を奪ってはならない。
だから、俺は最良の憲法を「ピックアップ」したい。
≪参考文献・参考サイト≫
●伊藤真『伊藤真の図解 憲法のしくみがよくわかる本―知っておきたい日本国憲法の原理と姿』中経出版 (2001/5/7)
●伊藤真『高校生からわかる日本国憲法の論点』トランスビュー(2005/7/10)
●自民党憲法改正プロジェクトチーム「論点整理」(2004/6/10)
http://www.kenpoukaigi.gr.jp/seitoutou/20040610jiminkaikenPTronten2.htm
●日本国憲法の誕生 国立国会図書館
http://www.ndl.go.jp/constitution/index.html
●映画『日本の青空』――史実に基づく憲法誕生史。ヒューマンドラマ、ちょこっとラブコメディ――
~全国で好評上映中~
http://www.cinema-indies.co.jp/aozora/
長い文章を読んでいただき、ありがとうございます。
引き続き、お買い物をお楽しみください。
「ウンコ味のカレーと、カレー味のウンコ、食べるとしたらどちがいい?」
なんていう、おぞましくて理不尽な選択を迫られたことが、子どもの頃、一度や二度ありませんでした?
どっちもごめんに決まってるのに、なぜあんなに熱く追及されたのだろう。
ところでウンコはトイレに流せるが、一生俺たちにかかわり合いのある「究極の選択」を迫る法律ができた。
3年後の2010年に、「憲法」をかえるか、かえないかという選択を、日本国民に迫る法律が誕生した。そして、この選択は18歳以上の国民ならだれでも対象になる。
えっ…いきなり何? と思わず、がんばって最後まで読んでね。
ケ・ン・ポ・ウ……少林寺ではない。K-1とどっちが強いかって、う~ん、次元が違う。勝負にならんほど憲法が偉大だ。
いまこのblogをご覧になっているあなた。わざわざ、こんなところまで見にきていただき感謝に耐えません。心を込めて、お疲れさま。
■日常のなかで、選ぶ・決めるということ
俺らは、若い。当分この世を生きていく。
いつも、好きな服を着たり好きなアクセを身につけたり、好きなものを作って食べたいように、仕事も本当に自分の力が発揮できてやりがいのあることをしたいし、恋愛だって自分のことを分かってくれる人と付き合いたい。大事なことは、自分で選択、決断していくことで、気付けば当たり前のようにそれを実行していると思う。
もちろん、信頼する友人や先輩、家族の意見を聞くこともあるし、ネットや本で情報を探すこともある。でもそれはあくまで参考にし、自分の考えを確かめるためであって、決して人任せにするのではない。なぜこんなに自分でものごとを選んで判断したり、決断を下したりするかというと、もっともっとより良い自分を目指しているからだ。
進路・収入・パートナーといった、極めて現実的なことから、好み・主観に関することまで。また、例えば自分に自信を持たせたいなら、腹筋を鍛えたり度胸をつけようとしたり、その方法や時間の使い方、過ごす場所まで。いちいち確認するもの面倒なくらい、当たり前のことだけど、毎日毎日、俺らは自分自身の幸せのために、最善を求めて決断し続けている。
これは、大事でしょう。
俺はこれを権利として、「自己選択権」とか、「自己決定権」と名付けたい。自己実現と近い考えでもあるだろう。どうですか、環境権とかプライバシーの権利というのももちろん重要。ただし、もっとずっと身近な権利だと思う。日本国憲法には、さすがにそんな細かいことまで書いてないっておもうかな? あれっ、もしかして「基本的人権」ってやつが近そうだ、そう思う人はなかなか勉強してますね。「幸福追求の権利」を知っているあなた、どうぞ日本の未来をしょってください。
■日本国憲法のなかにある「個人の尊重」の意味(超重要)
そしてさらにもっとぴったりなものがある。日本国憲法第13条「個人の尊重」がそれだ。
『すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利は、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする。(第13条全文)』
「個人の尊重」とは、どういう意味だろう。それは、『国民一人ひとりを、独立した一個人として尊重し、その価値を最大限に評価しようという個人主義の考え方(by伊藤真)』だ。
分かります? これは、繰り返しになるけど、自分を大切にする、幸せを追求するために、そのおおもととなる「自分自身の存在そのものと、自分自身の考え」が尊重されるという意味なんだ。
(ちょっと脱線するけれど、意外と、自分で自分を尊重できないことが多かったりする。目標が見つからなかったり定まらなかったりしてふらふらしたり、努力がキツくって妥協していたり。さらには、自分で自分をけなしたり、傷つけたり。これはこれで、深い問題だけど、また別の機会に書くとしよう。)
これだけ「個人」「個人」と連発すると、ちょっと不満に思う人もいるかもしれない。まあ、俺らの世代は、何事も「みんなと一緒」の規則に慣れてしまったり、目立つとハブにされたり損することも目の当たりにしてきた。
また、年配のおっちゃんらはそんなんで「集団生活」や「社会性」が保たれるんかと、眉間に皺寄せてないだろうか。そんなんしてると、顔がきつくなるで、ニヤケ笑いましょう。(おっちゃんとひとくくりにしてゴメンなさい)
一番憲法をかえたがっている方々は、「行き過ぎた利己主義的風潮を戒める必要がある(by自民党)」、と鼻息を荒くしている。
きっと、「そうだ」とうなずくようなおっちゃんらは、深夜コンビニでたむろするワカモンを見たりしてそう思うんだろうか。だったら一緒にウンコ座りして話しかけてみるのもあり。
ここで、しっかりとしっかりしっかり確認しておきたい。
憲法13条「個人の尊重」というのは、『国民全員すべて個人として尊重するからこそ、誰に対する不当な人権侵害も許されない。すべての個人は平等であり、誰もが生まれながらにして至高の価値を持っているのだから、他人を犠牲にして一方的に自分の利益を主張したり(利己主義)、<国家や社会(公益)のため>という名目で、特定の個人がないがしろにされるようなこと(全体主義)は決して許してはならない(by伊藤真)』 そういう意味なんだ!
つまり、「誰もが個人として平等に尊重される」ことと、「利己主義や全体主義を認めない」ことが、両立されている価値観であって、さらに深めていくと『一人ひとりを人間としての価値において対等に扱う、つまり<皆同じである>という考えと、一人ひとりは個性を持った二人といない存在であり<皆違う>という、一見すると矛盾するような内容をあわせ持っている(by伊藤真)』という価値観なんだ!!
はーい! ここ重要。できれば3回読んで、マーカーで線引っ張って。
根本的に言うと、『一人ひとり違っていてあたりまえなのだから、他人と同じ生き方をする必要はないし、一人ひとりの幸せは自分自身できめるべき。自分の幸せは自分で定義すべき(by伊藤真)』ということなんです!!!
自民党などの言う「基本的人権が、行き過ぎた利己主義」いうのは、言いがかりではないか。これこそ本来の「個人の尊重」の意味であり、さらには現行の憲法全体に貫かれている精神なのだ。いまの憲法って本当にすごいんだね。
■例えば、こんなところに「個人の尊重」の成果が
一つだけ例をあげると、もっとも著しく関係する分野が、「スポーツ」やと思う。スポーツをする人たちは皆、身体的特徴も異なるし、受けてきた練習方法や積んできた経験も違う。
そこに、画一的な指導を当てはめるようなコーチがいたら、ちょっとどうかな、と思うでしょう。ましてや、髪型をボーズにしないとレギュラー外すなんて言われたら、もうアカン、おかしくてやってられない。
本当に実力をつけるなら、一人ひとりの到達点と課題を認識して、目標を持って、科学的な根拠に基づいて必要なメニューを作り、自己管理をしながらトレーニングを積んでいく。
チームプレーのスポーツなら、先ず一人ひとりの得意分野を伸ばすことと、そしてコミュニケーションを深めて組織プレーを有効にしていく。まさしく「個と組織」双方の尊重が試されることになる。
これは、企業で働くサラリーマンにも言えることだと思う。利益を追及する資本主義のなかであっても、注目されるべき価値観であると思う。
■どのような「憲法改正(新憲法)」にされようとしているか、選択・判断のポイント
いま、「憲法改正」すべきか、今回のような内容の改憲案には“反対”かで、議論になっている。すでに目前の3年後に国会で「改正の発議」を可能にする法律までできている。
様々な「改憲案」のなかに「自衛隊」の問題が含まれている。つまり、自衛隊が「軍隊」として、海外で武力行使をできるようにするとか、様々な内容が提示されている。
このように、選択し判断するポイントはたくさんあるんだけど、俺らが最も強調したいことは、さんざん言ってきた「個人の尊重」が、引き続き価値として生きるのかそれとも死ぬかということだ。
自民党は、いろんな理由を並べ立てているけど、ぶっちゃけ本命は「国と国民の関係をはっきりさせるべき(by自民党)」という執念だ。自民党が狙うのは「国民のための政治」をやめて、「国のための政治」をすることだ。だから、「憲法が正反対の意味に解釈されることがあってはならない(by自民党)」と強い意志をむき出してるのだ。
結論からいうと、自民党の改憲案、というより自民党は「正しく改める」つもりはないようで、別物を作るつもりなのか「新憲法草案」を発表している。この自民党案では、「個人の尊重」という価値観を軽視され、国民より「国家」がエライという内容に、地位を逆転されてしまっていると思う。もしそうなったら、「国益ですから」という決め台詞が多くなるだろうな。
俺らは、必ずしも現行の憲法が、一番良くできているとか、「永遠に不滅です」とは思っていない。しかしこれまでに、自民党や財界、日本青年会議所など様々なところから提示されている「改憲後の日本」を並べて比較してみると、現在の日本が一番ましだと思う。
最後に、憲法9条の価値について言いたい。戦争放棄というんは、「人の生命を犠牲にまでして、一方的に自分(国)の利益を主張したり『国家や社会のため』という名目で、個人がないがしろにされるようなことは決して許してはならない」という理念を達成するための手段なのだ。ましてや「平和維持」を口実に、紛争を武力で解決ようとしてはならないし、他国民の生命を奪ってはならない。
だから、俺は最良の憲法を「ピックアップ」したい。
≪参考文献・参考サイト≫
●伊藤真『伊藤真の図解 憲法のしくみがよくわかる本―知っておきたい日本国憲法の原理と姿』中経出版 (2001/5/7)
●伊藤真『高校生からわかる日本国憲法の論点』トランスビュー(2005/7/10)
●自民党憲法改正プロジェクトチーム「論点整理」(2004/6/10)
http://www.kenpoukaigi.gr.jp/seitoutou/20040610jiminkaikenPTronten2.htm
●日本国憲法の誕生 国立国会図書館
http://www.ndl.go.jp/constitution/index.html
●映画『日本の青空』――史実に基づく憲法誕生史。ヒューマンドラマ、ちょこっとラブコメディ――
~全国で好評上映中~
http://www.cinema-indies.co.jp/aozora/
長い文章を読んでいただき、ありがとうございます。
引き続き、お買い物をお楽しみください。





